概要

 

台湾で旅行業を始めるということ


台湾での生活

早いもので私が台湾に来てもうすぐ9年になります。初めは台湾で中国語の勉強をして2年以内に帰国する予定でしたが、いつのまにか台湾に住み着いてしまいました。その理由を私なりに考えて見ると、まず最初に思い浮かぶのがご飯の問題です。日本人で台湾で暮らしている方と話をしても、大体みなさん異口同音に台湾のご飯は日本人の口に合うといいます。またどうしても口に合わないと言う方も、日本の外食産業が積極的に台湾に投資しているため日本の味に簡単に出会うことができるので問題ないといいます。事実この9年の間に台湾では日本のレストランが雨後のたけのこのごとく次々と誕生しています。日本人としてはうれしいのですが、このままでは台湾本来のおいしいご飯の味が日本の企業によって消滅してしまうのではないかと危惧しています。

台湾人とは

つぎに思い浮かぶのが台湾人の人柄です。台湾人は温厚で明るいとは聞いていましたが実際体験してみるとそれはうわさ以上でした。路で地図を見ていたらどこに行くんだと助けてくれますし、お店で注文するときも後ろに並んでいる人がここのお店のおすすめを聞いてもいないのに教えてくれたりします。ちょっとおせっかいかなと思うことがありますが、彼らの目をみるとそれは真心からの親切心でそこに偽りはないということがすぐにわかります。事実私が台湾に来て間もないとき路を教えてくれただけでなく15分かけて私を目的地に連れていってくれた女子高校生達にチップとして100元渡そうとしたことがありましたが、彼女たちは受け取りませんでした。

東日本大震災のこと

東日本大震災のときのこともいまだに強烈な記憶として残っています。このときのことは今でも思い出すと涙が出そうになるのですが、当時台湾では義捐金募集のため国営放送と全ての民間キー局がいっせいに義捐金を集める同じ特別番組を放送しました。豪華ゲストもたくさん出場し大統領や政府高官等、台湾の有名人がたくさん集まり日本のために一生懸命に募金を呼びかけてくれました。地震発生から2年以上過ぎた後も台湾は日本に義捐金を送り続け、義捐金の総額が世界で一番多くなりました。しばらくして私は台湾の方になぜこれほど多くの思いやりを日本にくれるのかと聞いたことがありましたが、答えの多くの中に921大地震のときの日本が台湾にくれた恩に報いただけという言葉が含まれていました。台湾で約20年前におきた地震のとき日本が多くの援助をしたということですが、彼らには20年という月日はまるで最近のことのようであり一度受けた恩に対して必ず報いるという信念に私は驚いたことを記憶しています。

台湾と日本の関係

台湾は国連加盟国ではありません。つまり台湾は国際的に国とは認められていないのです。それどころか日本と国交がありません。政府関係者が公に会うことはできないというわけです。では台湾と日本の関係は何によって支えられているのでしょうか。それは民間です。人といいかえてもいいかもしれません。いまのところ日本と台湾の間には大きな障害もなくうまくいっているといえますが、先のことはわかりません。台湾と日本がこの先ずっといい関係でいられることを願ってやみません。

私ができること

私は台湾という場所が好きです。また台湾人が好きです。この場所を、人を皆さまに知っていただきたい。月並みな言葉になりますが、私は台湾と日本の橋渡しをしたいと願っています。そのためにいまできることを精一杯やろうと思っています。台湾にはまだまだ知られていない観光地やレストランがたくさんあります。それらを探しつつ台湾人との交流を経て皆様にご満足いただけるようなツアーを作成し続けていきたいと思います。

 

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